4月10日は私にとって辛い日。
6年前にマリード(旦那)くんと私は日本に向かって飛んでいました。
フライトは韓国経由。
到着が遅れ、日本行きの次のフライトにも遅れが。
日本の空港に着いた直後、機内アナウンス。
姉に電話をするようにとのこと。
電話をしたら、10分前に発ったって。
海外生活の最悪なところ。
マジ最悪
1ヶ月経つか経たないぐらい前に、マリードくんと二人でホテルと病院を行ったり来たりしていました。
一度スペインに戻るのに超朝早いフライトに乗るため、病院に忍び込みまだ真っ暗な中でお別れ。
でも、それが最後のお別れの予定ではなかったです。
6年前の今日、自分勝手にも待っていて欲しいと思っていました。
一瞬、なんで待てなかったのよ、と怒りも感じました。
病院についてもう動かない姿を見て、1分でも1秒でも早く苦しみから逃れたからよかったんだ、と自分に言い聞かせました。
何度も。
パパからおじじへ
小さい時からいなくなるまで「パパ」と呼んでいました。
いなくなって15年が経ち、ある日また私の人生に戻ってきてくれました。
みんなで「オジジ」と呼ぶようになりました。
私には父が戻ってきました。
うちの子(娘)ちゃんには、世界で唯一の血の繋がったおじいちゃんが現れてくれました。
私がアメリカ在住時代に何度も来てくれて、ほとんど一緒に暮らしていた感じ。
いろんなことをシェアできて、とっても幸せでした。
きっとオジジのことだから、こんなの見たら
と、いうと思います。
でも、捨てられません。
おじじの愛着していた パジャマ 。
今では擦り切れてます。
へたっぴでも縫います。
穴あき でも、 つぎはぎ でも。
みっともなくても着ます。
6年じゃ足りないんですね。
いまだに喉の奥が痛くなって、水が目と鼻から出てきます。
普通は大丈夫です。
写真を見ても、オジジの話をしても笑顔でいれます。
一緒にいた年月が少なかったからか、インパクトが強かったのか?
ありがたいことに、いろんなことを覚えていられます。
良い思い出がいっぱいです。
でもやっぱりたまに大変。
大切な人を失う、失った事実を受け入れて前に進む。
頭ではできても、心でできないのはなぜでしょう。
厄介なものです。
にほんブログ村「海外ブログランキング」に参加中。ご購読ありがとうございます!
「生き方ランキング」に参加中。少しでもお役に立ちましたらクリックしていただけると嬉しいです!